ねえ夢みたいな心地

=2.Twitter@CafeNhaao

僕は無中存在論者

僕らが持った認識とは一体何なんだろう。

なんの意味も意義もないことだけれど、僕は思った。

この世界に存在するものは、それよりも大きなものの中に入っているのではないか。吉祥寺は武蔵野に、武蔵野は東京にという感じで。

それを最後まで引っ張っていけば、自然と宇宙で止まる。

ならば宇宙が最後なのか。天の川銀河のまたその先のさらに先のまだまだ先にあるはずの宇宙の端のその先には何も無いのか。

もし仮に宇宙の先に何も無いのなら、宇宙以上に広大な、無限に広がる無があるのではないだろうか。

そう、無中存在論である。僕らは無に包まれている(かもしれない)のだ。

 

ふと思うことがある。真実の状態とは何も見えないものなのか、それとも全てが見えているものなのか。

こういう頭が痛くなりそうな難問で遊ぶことが僕は好きだ。決して答えなんて出なくてもいいと思う。

だけどこの問いに対しての答えは出ている。即答だった。

そもそもの話、その二つは別の状態ではないと僕は思った。